ひごろ》重井《おもゐ》の名声を敬慕し、彼と交誼《こうぎ》を結ばん事を望み居たれば、此人《このひと》によりて双方の秘密を保たんとて、親戚の者より同医に謀《はか》る所ありしに、義侠《ぎけふ》に富める人なりければ直ちに承諾し、己《おの》れ未《いま》だ一子《いつし》だになきを幸ひ、嫡男《ちやくなん》として役所に届出《とゞけい》でられぬ。斯《かく》て両人とも辛《から》ふじて世の耳目《じもく》を免《まぬ》かれ、死よりもつらしと思へる難関《なんくわん》を打越えて、ヤレ嬉しやと思ふ間もなく、郷里より母上|危篤《きとく》の電報は来《きた》りぬ。
四 愛着
 分娩後《ぶんべんご》未《いま》だ三十日とは過ぎざりし程なりければ、遠路《ゑんろ》の旅行危険なりと医師は切《せつ》に忠告したり。左《さ》れど今回の分娩《ぶんべん》は両親に報じやらざりし事なれば今更にそれぞとも言ひ分けがたく、殊には母上の病気とあるに、争《いか》で余所《よそ》にやは見過《みすご》すべき、仮《よ》し途中にて死なば死ね、思ひ止《と》まるべくもあらずとて、人々の諫《いさ》むるを聞かず、叔母と乳母とに小児を托して引かるゝ後髪《うしろがみ》を切払《
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