たかも人をもて塀《へい》を築きたらんが如く、その雑沓《ざっとう》名状《めいじょう》すべくもあらず。聞く大阪市民は由来《ゆらい》政治の何物たるを解せざりしに、この事件ありてより、漸《ようや》く政治思想を開発するに至れりとか、また以て妾《しょう》らの公判が如何《いか》に市民の耳目《じもく》を動かしたるかを知るに足るべし。

 二 公廷の椿事《ちんじ》

 明治十八年十二月頃には、嫌疑者それよりそれと増し加わりて、総数二百名との事なりしが、多くは予審の笊《ざる》の目に漉《こ》し去られて、公判開廷の当時残る被告は六十三名となりたり。されどなお近来|未曾有《みぞう》の大獄《たいごく》にて、一度に総数を入るる法廷なければ、仮に六十三名を九組《ここのくみ》に分ちて各組に三名ずつの弁護士を附し、さていよいよ廷は開かれぬ。先ず公訴状朗読の事ありしに、「これより先、磯山清兵衛《いそやませいべえ》は(中略)重井《おもい》、葉石《はいし》らの冷淡なる、共に事をなすに足る者に非《あら》ず」云々《うんねん》の所に至るや第三列に控えたる被告人|氏家直国《うじいえなおくに》氏は、憤然として怒気満面に潮《ちょう》し、肩
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