山の両親に病気危篤の旨《むね》を打電したりければ、岡山にてはもはや妾を亡《な》きものと覚悟し、電報到着の夜《よ》より、親戚《しんせき》故旧《こきゅう》打ち寄りて、妾の不運を悲しみ、遺屍《いし》引き取りの相談までなせしとの事なりしも、幸いにして幾ほどもなく快方に向かい、数十日《すじゅうにち》を経て漸《ようや》く本監に帰りたる嬉《うれ》しさは、今に得《え》も忘られぬ所ぞかし。他の囚人らも妾のために、日夜全快を祈りおりたりしとの事にて、妾の帰監するを見るより、宛然《さながら》父母の再生を迎うるが如くに喜びくれぬ。これも妾が今も感謝に堪えぬ所なり。不自由なる牢獄にて大患に罹《かか》りし事とて、一時全快はなしたるものから、衰弱の度甚だしく、病気よりは疲労にて斃《たお》るることもやと心配せしに、これすら漸《ようや》く回復して、遂《つい》には病前よりも一層の肥満を来し、その当時の写真を見ては、一驚を喫《きっ》するほどなり。

 五 女史の訃音《ふおん》

 それより数日《すじつ》を経て翌二十年五月二十五日公判開廷の際には、あたかも健康回復の期にありて、頭髪|悉《ことごと》く抜け落ち、薬罐頭《やかんあ
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