て、妾の赤面するを面白がり、なお本気の沙汰《さた》とも覚えぬ振舞に渡りて、妾を弄《もてあそ》ばんとするものもあり、中には真実|籠《こ》めし艶書《えんしょ》を贈りて好《よ》き返事をと促すもあり、また「君|徐世賓《じょせいひん》たらばわれ奈翁《ナポレオン》たらん」などと遠廻しに諷《ふう》するもありて、諸役人皆|妾《しょう》の一顰一笑《いっぴんいっしょう》を窺《うかが》えるの観ありしも可笑《おか》しからずや。されば女監取締りの如きすら、妾の眷顧《けんこ》を得んとて、私《ひそ》かに食物菓子などを贈るという有様なれば、獄中の生活はなかなか不自由がちの娑婆《しゃば》に優《まさ》る事数等にて、裁判の事など少しも心に懸《かか》らず、覚えずまたも一年ばかりを暮せしが、十九年の十一月頃、ふと風邪《ふうじゃ》に冒《おか》され、漸次《ぜんじ》熱発《はつねつ》甚《はなは》だしく、さては腸|窒扶斯《チブス》病との診断にて、病監に移され、治療|怠《おこた》りなかりしかど、熱気いよいよ強く頗《すこぶ》る危篤《きとく》に陥《おちい》りしかば、典獄署長らの心配|一方《ひとかた》ならず、弁護士よりは、保釈を願い出で、なお岡
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