留《とど》まり得べき、幸いの縁談まことに良縁と覚ゆるに、早く思い定めよかしと、いと切《せ》めたる御言葉《おんことば》なり。その時妾は母に向かいこれまでの養育の恩を謝して、さてその御恵《おんめぐ》みによりてもはや自活の道を得たれば、仮令《たとい》今よりこの家を逐《お》わるるとも、糊口《ここう》に事を欠くべしとは覚えず。されど願うは、ただこのままに永《なが》く膝下《しっか》に侍《じ》せしめ給え、学校より得る収入は悉《ことごと》く食費として捧《ささ》げ参《まい》らせ聊《いささ》か困厄《こんやく》の万一を補わんと、心より申し出《い》でけるに、父母も動かしがたしと見てか、この縁談は沙汰止《さたや》みとなりにき。
ああ世にはかくの如く、父兄に威圧《いあつ》せられて、ただ儀式的に機械的に、愛もなき男と結婚するものの多からんに、如何《いか》でこれら不幸の婦人をして、独立自営の道を得せしめてんとは、この時よりぞ妾が胸に深くも刻《きざ》み付けられたる願いなりける。
結婚|沙汰《ざた》の止《や》みてより、妾は一層学芸に心を籠《こ》め、学校の助教を辞して私塾を設立し、親切|懇到《こんとう》に教授しければ、
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