時頃なりけり。世の物音の沈み果てたる真夜中に、牢の入口なる閂《かんぬき》の取り外《はず》さるる響《ひびき》いとど怪《あや》しう凄《すさ》まじさは、さすがに覚悟せる妾をして身の毛の逆竪《よだ》つまでに怖れしめ、生来《せいらい》心臓の力弱き妾は忽《たちま》ち心悸《しんき》の昂進《こうしん》を支え得ず、鼓動乱れて、今にも窒息《ちっそく》せんず思いなるを、警官は容赦《ようしゃ》なく窃盗《せっとう》同様に待遇《あし》らいつつ、この内に這入《はい》れとばかり妾を真暗闇《まっくらやみ》の室内に突き入れて、また閂《かんぬき》を鎖《さ》し固めたり。何たる無情ぞ、好《よ》しこのままに死なば死ね、争《いか》でかかる無法の制裁に甘んじ得んや。となかなかに涙も出でず、素《もと》より女ながら一死を賭《と》して、暴虐《ぼうぎゃく》なる政府に抗せんと志したる妾《わらわ》、勝てば官軍|敗《ま》くれば賊《ぞく》と昔より相場の極《きま》れるを、虐待の、無情のと、今更の如く愚痴《ぐち》をこぼせしことの恥かしさよと、それよりは心を静め思いを転じて、生《いき》ながら死せる気になり、万感《まんかん》を排除する事に勉《つと》めしかば
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