妾は近頃になく心の清々《すかすが》しさを感ぜしものから、譬《たと》えば眼《まなこ》を過ぐる雲煙《うんえん》の、再び思いも浮べざりしに、図《はか》らずも他日《たじつ》この女乞食と、思い儲《もう》けぬ処に邂逅《であ》いて、小説らしき一場《いちじょう》の物語とは成りたるよ。ついでなれば記《しる》し付くべし。

 八 一場《いちじょう》の悲劇

 その年の十二月大事発覚して、長崎の旅舎に捕われ、転じて大阪(中の島)の監獄に幽《ゆう》せらるるや、国事犯者として、普通の罪人よりも優待せられ、未決中は、伝告者《でんこくしゃ》即ち女監の頭領となりて、初犯者および未成年者を収容する監倉《かんそう》を司《つかさど》ることとなりぬ。依《よ》りて初犯者をば改化|遷善《せんぜん》の道に赴《おもむ》かしむるよう誘導の労を執《と》り、また未成年者には読書習字を教えなどして、獄中ながらこれらの者より先生先生と敬《うやま》われつつ、未決中無事に三年を打ち過ぎしほどなれば、その間《あいだ》随分種々の罪人に遇《あ》いしが、その罪人の中にはまたかかる好人物もあるなり、かかる処にてかかる看板《かんばん》を附けおらざりせば、誰《
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