し、この本意を貫かんのみとて、あたかも郷里より慕《した》い来りける門弟のありしを対手《あいて》として日々髪結洗濯の業《わざ》をいそしみ、僅《わず》かに糊口《ここう》を凌《しの》ぎつつ、有志の間に運動して大いにそが信用を得たりき。

 八 暁夢を破る

 しかるにその年の九月初旬|妾《しょう》が一室を借り受けたる家の主人は、朝未明《あさまだき》に二階下より妾を呼びて、景山《かげやま》さん景山さんといと慌《あわ》ただし。暁《あかつき》の夢のいまだ覚《さ》めやらぬほどなりければ、何事ぞと半ばは現《うつつ》の中に問い反《かえ》せしに、女のお客さんがありますという。何《なん》という方ぞと重ねて問えば富井さんと仰有《おっしゃ》いますと答う。なに富井さん! 妾は床《とこ》を蹶《け》りて飛び起きたるなり。階段を奔《はし》り下《お》りるも夢心地《ゆめごこち》なりしが、庭に立てるはオオその人なり。富井さんかと、われを忘れて抱《いだ》きつき、暫《しば》しは無言の涙なりき。懐《なつ》かしき女史は、幾日の間をか着のみ着のままに過しけん、秋の初めの熱苦《あつくる》しき空を、汗臭《あせくさ》く無下《むげ》に汚《よご
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