将《は》た辞《いな》みがたくして、われと血を吐く思いを忍び、彼が在郷中の苦痛を和《やわら》げんよすがにもと、遂《つい》に哲郎をば彼の手に委《ゆだ》ねつ。その当時の悲痛を思うに、今も坐《そぞ》ろに熱涙《ねつるい》の湧《わ》くを覚ゆるぞかし。

 九 新生活

 かくて彼は再び鉄面を被《かぶ》り愛児までを伴《ともな》いて帰宅せしに、両親はその心情をも察せずして結局彼が窮困の極|帰家《きか》せしを喜び、何《なに》とかして家に閉じ込め置かん者と思いおりしに、彼の愛児に対する、毫《ごう》も慈母の撫育《ぶいく》に異《こと》なることなく、終日その傍《かたわら》に絆《ほだ》されて、更に他意とてはなき模様なりしにぞ、両親はかえって安心の体《てい》にて親《みずか》ら愛孫の世話をなしくるるようになり、またその愛孫の母なればとて、妾《しょう》に対してさえ、毎月|若干《じゃっかん》の手当てを送るに至りけるが、夫婦|相思《そうし》の情は日一日に弥《いや》増して、彼がしばしば出京することのあればにや、次男|侠太《きょうた》の誕生《たんじょう》間もなく、親族の者より、妾に来郷《らいきょう》の事を促《うなが》し来りぬ、
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