就《つ》く能《あた》わざらしめ、結局|落魄《らくはく》して郷里に帰るの外《ほか》に途《みち》なからしめんと企てたり。されば彼の仁川《じんせん》港に着するや、右の宣告書は忽《たちま》ち領事館より彼が頭上に投げ出《いだ》されぬ。彼はその両親の慈愛が、かくまで極端なるべしとは、夢にも知らず、ただ一筋に将来の幸福を思えばこそ、血の出るほどの苦しき金《かね》をも調達して最愛の妻や病児をも跡《あと》に残して、あかぬ別れを敢《あ》えてしたるなるに、慈愛はなかなか仇《あだ》となりて、他に語るも恥かしと、帰京後男泣きに泣かれし時の悲哀そもいくばくなりしぞ。実に彼は死よりもつらき不面目を担《にな》いつつ、折角《せっかく》新調したりし寒防具その他の手荷物を売り払いて旅費を調《ととの》え、漸《ようや》く帰京の途《と》にはつき得たるなりき。
八 血を吐く思い
横浜に着すると同時に、妾《しょう》にちょっと当地まで来れよとの通信ありければ、病児をば人に托して直ちに旅館に至りしに、彼が顔色《がんしょく》常ならず、身に附くものとては、ただ一着の洋服のみとなりて、いとど帰国の本意《ほい》なき事を語り出でられぬ。妻
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