しかるに生れて二月《ふたつき》とはたたざる内に、小児は毛細気管支炎《もうさいきかんしえん》という難病にかかり、とかくする中、危篤の有様に陥りければ、苦しき時の神頼みとやら、夫婦は愚にかえりて、風の日も雨の日も厭《いと》うことなく、住居を離《さ》る十町ばかりの築土八幡宮《つくどはちまんぐう》に参詣《さんけい》して、愛児の病気を救わせ給えと祷《いの》り、平生《へいぜい》嗜《たしな》める食物娯楽をさえに断《た》ちたるに、それがためとにはあらざるべけれど、それよりは漸次《ぜんじ》快方に赴《おもむ》きければ、単《ひとえ》に神の賜物《たまもの》なりとて、夫婦とも感謝の意を表し、その後《のち》久しく参詣を怠らざりき。

 五 有形無形

 妾|幼《よう》より芝居|寄席《よせ》に至るを好《この》み、また最も浄瑠璃《じょうるり》を嗜《たしな》めり。されどこの病児を産みてよりは、全くその楽しみを捨てたるに、福田は気の毒がりて、機《おり》に触れては勧め誘《いざな》いたれど、既に無形の娯楽を得たり、復《ま》た形骸《けいがい》を要せずと辞《いな》みて応ぜず。ただわが家庭を如何《いか》にして安穏《あんおん》に経
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