しゃ》の社員となりぬ。彼が月給を受けたるは、これが始めての終りなりき。

 三 夫婦相愛

 これより漸《ようや》く米塩《べいえん》の資を得たれども、彼が出京せし当時はほとんど着のみ着のままにて、諸道具は一切|屑屋《くずや》に売り払い、遂《つい》には火鉢の五徳《ごとく》までに手を附けて、僅《わず》かに餓死《がし》を免がるるなど、その境遇の悲惨なるなかなか筆紙《ひっし》の尽し得る所にあらざりしかど、富豪の家に人となりし彼の、別に苦情を訴うることもなく、むしろ清貧に安んじたりし有様は、妾《しょう》をして、坐《そぞ》ろ気の毒の感に堪えざらしめき。妾はこれに引き換えて、素《もと》より貧窶《ひんる》に馴《な》れたる身なり、そのかつて得んと望める相愛の情を得てよりは、むしろ心の富を覚えつつ、あわれ世に時めける権門《けんもん》の令夫人よ、御身《おんみ》が偽善的儀式の愛に欺《あざむ》かれて、終生浮ぶ瀬《せ》のなき凌辱《りょうじょく》を蒙《こうむ》りながら、なお儒教的教訓の圧制に余儀なくせられて、窃《ひそ》かに愛の欠乏に泣きつつあるは、妾の境遇に比して、その幸不幸|如何《いか》なりやなど、少なからぬ快感
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