うように得心《とくしん》し給う。
七 災厄|頻《しき》りに至る
それより妾《しょう》は女子実業学校なる者を設立して、幸いに諸方の賛助を得たれば、家族一同これに従事し、母上は習字科を兄上は読書算術科を父上は会計を嫂《あによめ》は刺繍《ししゅう》科|裁縫《さいほう》科を弟は図画科を弟の妻は英学科をそれぞれに分担し親切に教授しけるに、東京市内は勿論|近郷《きんきょう》よりも続々入学者ありて、一時は満員の姿となり、ありし昔の家風を復して、再び純潔なる生活を送りたりしにさても人の世の憂《う》たてさよ、明治二十五年の冬父上|風邪《ふうじゃ》の心地《ここち》にて仮りの床《とこ》に臥《ふ》し給えるに、心臓の病《やまい》さえ併発して医薬の効なく遂《つい》に遠逝《えんせい》せられ、涙ながらに野辺送《のべおく》りを済ましてよりいまだ四十日を出でざるに、叔母上またもその跡《あと》を追われぬ。この叔母上は妾が妊娠の当時より非常の心配をかけたるにその恩義に報ゆるの間《ひま》もなくて早くも世を去り給えるは、今に遺憾|遣《や》る方《かた》もなし。その翌年四月には大切なる兄上さえ世を捨てられ、僅《わず》かの月日
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