墻《かき》を越えて奔《はし》るなどの猥《みだ》りがましき類ならねば、将《は》た何をか包み秘《かく》さんとて、頓《やが》て東上の途中大阪の親戚に立ち寄らんとの意を洩《も》らしけるに、さらばその親戚は誰《た》れ町名番地は如何《いか》になど、執拗《しゅう》ねく問わるることの蒼蝿《うるさ》くて、口に出づるまま、あらぬことをも答えけるに、その人大いに驚きたる様子にて、さては藤井氏の親戚なりし乎《か》、奇遇というも愚かなるべし、藤井氏は今しこの室にありしかど、事務員に用事ありとて、先刻出で行かれたり、いでや直ちに呼び来らんとて、倉皇《そうこう》起《た》って事務室に至り藤井をば呼べるなるべし。藤井は妾《しょう》の何人《なんびと》なるかを問い究《きわ》むる暇もなく、その人に牽《ひか》れて来り見れば、何ぞ図《はか》らん従妹《じゅうまい》の妾なりけるに、更に思い寄らぬ体《てい》にて、何故《なにゆえ》の東上にや、両親には許可を得たりやなど、畳《たた》みかけて問い出でぬ。固《もと》より承諾を得たりとは、その場合われと心を欺《あざむ》ける答えなりしが、果ては質問の箭《や》の堪えがたなく、最《い》とど苦しき胸を押
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