うに慣れたる看守どもの、一図《いちず》に何か誤解せる有様にて、妾の言葉には耳だも仮《か》さず、いよいよ嘲《あざけ》り気味《ぎみ》に打ち笑いつつ立ち去りたれば、妾は署長の巡廻を待って、具《つぶさ》にこの状を語り妾の罪を確かめんと思いおりしに、彼女も他《た》の監房に転じたる悲しさに、慎《つつし》み深き日頃のたしなみをも忘れて、看守の影の遠ざかれるごとに、先生先生|何故《なにゆえ》にかく離隔《りかく》せられしにや、何とぞ早くその故を質《ただ》して始めの如く同室に入らしめよと、打ち喞《かこ》つに、素《もと》より署長の巡廻だにあらば、直ちに愁訴《しゅうそ》して、互いの志を達すべし、暫《しばら》く忍びがたきを忍べかしなど慰めたることの幾度《いくたび》なりしか。

 六 直訴

 囚人より署長に直訴するは、ほとんど破格の事として許しがたき無礼の振舞に算《かぞ》えらるる由《よし》なるも、妾《しょう》は少しもその事を知らず、ある日巡廻し来れる署長を呼び止めしに、署長も意外の感ありしものの如くなりしが、他《た》の罪人と同一ならぬ理由を以て妾の直訴を聞き取り、更に意外の感ありし様子にて、彼女をも訊問の上、黙して帰署したりと思うやがての事、彼女は願いの如く、妾の室に帰り来りぬ。あとにて聞けばこの事の真相こそ実《げ》に筆にするだに汚《けが》らわしき限りなれ。今日《こんにち》は知らずその当時は長き年月の無聊《むりょう》の余りにやあらん、男囚《だんしゅう》の間には男色《だんしょく》盛んに行われ、女囚もまた互いに同気《どうき》を求めて夫婦の如き関係を生じ、両女の中の割合に心|雄々《おお》しきは夫《おっと》の如き気風となり、優《やさ》しき方は妻らしく、かくて不倫《ふりん》の愛に楽しみ耽《ふけ》りて、永年《えいねん》の束縛を忘れ、一朝変心する者あれば、男女間における嫉妬《しっと》の心を生じて、人を傷《そこな》い自ら殺すなどの椿事《ちんじ》を惹《ひ》き起すを常としたりき。現に厠《かわや》に入りて、職業用の鋏刀《はさみ》もて自殺を企《くわだ》てし女囚をば妾も目《ま》の当りに見て親しく知れりき。されば無智蒙昧《むちもうまい》の監守どもが、妾の品性を認め得ず、純潔なる慈《いつく》しみの振舞を以て、直ちに破倫《はりん》非道の罪悪と速断しけるもまた強《あなが》ちに無理ならねど、さりとては余りに可笑《おか》しく、腹立たしくて、今もなお忘れがたき記念の一つぞこれなる。
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   第五 既決監


 一 監房清潔

 中の島未決監獄にある事一年有余にして、堀川監獄の既決監に移されぬ。なお未決ながら公判開廷の期の近づきしままに、護送の便宜上|客分《きゃくぶん》としてかくは取り斗《はか》らわれしなりけり。退《の》っ引《ぴ》きならぬ彼女との別離は来りぬ、事件の進行して罪否いずれにか決する時の近づきしをば、切《せ》めてもの心やりにして。堀川にてはある一室の全部を開放して、妾《しょう》を待てり。中の島未決監よりは、監房また更《さら》に清潔にして、部屋というも恥かしからぬほどなり、ここに移れる妾は、ようよう娑婆《しゃば》に近づきたらん心地《ここち》もしつ。此処《ここ》にても親しき友は間もなく妾の前に現われぬ、彼らは若き永年囚なりけり。いずれも妾の歓心を得べく、夜ごとに妾の足を撫《な》でさすり、また肩など揉《も》みて及ぶ限りの親切を尽しぬ。妾は親の膝下《しっか》にありて厳重なる教育を受けし事とて、かかる親しみと愛とを以て遇せらるるごとに、親よりもなお懐《なつ》かしとの念を禁ぜざるなりき。

 二 お政《まさ》

 ここにお政とて大阪監獄きって評判の終身囚ありけり。容姿《ようし》優《すぐ》れて美しく才気あり万事に敏《さと》き性《せい》なりければ、誘工《ゆうこう》の事|総《すべ》てお政ならでは目が開《あ》かぬとまでに称《たた》えられ、永年の誘工者、伝告者として衆囚より敬《うやま》い冊《かしず》かれけるが、彼女もまた妾のここに移りてより、何くれと親しみ寄りつ、読書《とくしょ》に疲れたる頃を見斗《みはから》いては、己《おの》が買い入れたる菓子その他の食物《しょくもつ》を持ち来り、算術を教え給え、算用数字は如何《いか》に書くにやなど、暇《ひま》さえあればその事の外《ほか》に余念もなく、ある時は運動がてら、水撒《みずまき》なども気散《きさん》じなるべしとて、自ら水を荷《にな》い来りて、切《せつ》に運動を勧めしこともありき。彼女は西京《さいきょう》の生れにて、相当の家に成長せしかど、如何《いか》なる因縁《いんねん》にや、女性にして数※[#二の字点、1−2−22]《しばしば》芸者狂いをなし、その望みを達せんとて、数万《すまん》の金を盗みし酬《むく》いは忽《たちま》ちここに憂《う》き年月を送る身と
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