が一週年の忌明《きあ》けを以て、自他|相輔《あいたす》くるの策を講じ、ここに再び活動を開始せり。そは婦女子に実業的の修養をなすの要用ありと確信し、その所思《しょし》を有志に謀《はか》りしに、大いに賛同せられければ、即ち亡夫の命日を以て、角筈《つのはず》女子工芸学校なるものを起し、またこの校の維持を助くべく、日本女子恒産会《にほんじょしこうさんかい》を起して、特志家の賛助を乞い、貸費生《たいひせい》の製作品を買い上げもらうことに定めたるなり。恒産会の趣旨は左の如し。
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日本女子恒産会設立趣旨書
恒《つね》の産《さん》なければ恒の心なく、貧《ひん》すれば乱《らん》すちょう事は人の常情《じょうじょう》にして、勢《いきお》い已《や》むを得ざるものなり。この故に人をしてその任務のある所を尽さしめんとせば、先ずこれに恒《つね》の産を与うるの道を講ぜざるべからず。しからずして、ただその品位を保ち、その本生《ほんせい》を全《まっと》うせしめんとするは譬《たと》えば車なくして陸を行き、舟なくして水を渡らんとするが如く、永くその目的を達する能《あた》わざるなり。
今や我が国|都鄙《とひ》到《いた》る処として庠序《しょうじょ》の設けあらざるはなく、寒村《かんそん》僻地《へきち》といえどもなお※[#「口+伊」、第4水準2−3−85]唔《いご》の声を聴くことを得《う》、特《こと》に女子教育の如きも近来|長足《ちょうそく》の進歩をなし、女子の品位を高め、婦人の本性を発揮するに至れるは、妾らの大いに欣《よろこ》ぶ所なり。されど現時《げんじ》一般女学校の有様を見るに、その学科は徒《いたずら》に高尚に走り、そのいわゆる工芸科なる者もまた優美を旨《むね》とし以て奢侈《しゃし》贅沢《ぜいたく》の用に供せらるるも、実際生計の助けとなる者あらず、以て権門勢家《けんもんせいか》の令閨《れいけい》となる者を養うべきも、中流以下の家政を取るの賢婦人を出《いだ》すに足らず。これ実に昭代《しょうだい》の一欠事《いつけつじ》にして、しかして妾らの窃《ひそ》かに憂慮|措《お》く能《あた》わざる所以《ゆえん》なり。
それ世の婦女たるもの、人の妻となりて家庭を組織し、能《よ》くその所天《おっと》を援《たす》けて後顧《こうこ》の憂《うれ》いなからしめ、あるいは一朝不幸にして、その所天《おっと》に訣《わか》るることあるも、独立の生計を営みて、毅然《きぜん》その操節を清《きよ》うするもの、その平生《へいぜい》涵養《かんよう》停蓄《ていちく》する所の智識と精神とに因《よ》るべきは勿論《もちろん》なれども、妾らを以てこれを考うれば、むしろ飢寒《きかん》困窮《こんきゅう》のその身を襲《おそ》うなく、艱難辛苦《かんなんしんく》のその心を痛むるなく、泰然《たいぜん》としてその境に安んずることを得るがためならずんばあらざるなり。
しかりといえども女子に適切なる職業に至りてはその数極めて少なし、やや望みを嘱《しょく》すべきものは絹手巾《きぬはんけち》の刺繍《ししゅう》これなり。絹手巾はその輸出かつて隆盛を極め、その年額百万|打《ダース》その原価ほとんど三百余万円に上《のぼ》り我が国産中実に重要の地位を占めたる者なりき。しかるにその後《のち》の趨勢《すうせい》は頓《とみ》に一変して貿易市場における信用全く地に落ち、輸出高|益※[#二の字点、1−2−22]《ますます》減退するの悲況を呈するに至れり。これ固《も》と種々なる原因の存するものなるべしといえども、製作品の不斉一《ふせいいつ》なると、品質の粗悪なるとは、けだしその主なるものなるべきなり。しかしてその不斉一その粗悪なるは、その製出者と営業者とに徳義心を欠くが故なりというも可《か》なり、鑑《かんが》みざるべけんや。
そもそも文明の進み分業の行わるるに従い、機械的|大仕掛《おおじかけ》の製造盛んに行われ、低廉《ていれん》なる価格を以て、能《よ》く人々の要に応じ得べきに至るといえども、元来機械製造のものたる、千篇一律《せんぺんいちりつ》風致《ふうち》なく神韻《しんいん》を欠くを以て、単《ひとえ》に実用に供するに止《とど》まり、美術品として愛翫《あいがん》措《お》く能《あた》わざらしむる事なし。しかるに経済社会の進捗《しんちょく》し富財《ふざい》の饒多《じょうた》となるに従って、昨日の贅沢品《ぜいたくひん》も今日《こんにち》は実用品と化し去り、贅沢品として愛翫せらるるものは、勢い手工《しゅこう》の妙技を逞《たくま》しうせる天真爛漫《てんしんらんまん》たるものに外《ほか》ならざるに至るなり、故を以て衣食住の程度低き我が国において、我が国産たる絹布を用い、これに加うるに手工|細技《さいぎ》に天稟《てんりん》の妙を有する我が国女工を以て
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