す、あたかも竜《りょう》に翼《つばさ》を添うが如し、以て精巧にこれを製出し、世界の市場に雄飛す、天下|如何《いかん》ぞこれに抗争するの敵あるを得んや。しかるに事実のこれと反したるは、妾らの悲しみに堪えざる処なり、故にもし今大資本家に依りて製品の斉一《せいいつ》を計り、かつ姑息《こそく》の利を貪《むさぼ》らずして品質の精良を致さば、その成功は期して待つべきなり。
妾らここに見るあり曩日《さき》に女子工芸学校を創立して妙齢の女子を貧窶《ひんる》の中《うち》に救い、これに授《さず》くるに生計の方法を以てし、恒《つね》の産《さん》を得て恒の心あらしめ、小にしては一身《いっしん》の謀《はかりごと》をなし、大にしては日本婦人たるの任務を尽さしめんとす、しかして事ややその緒《ちょ》に就《つ》けり。
乃《すなわ》ちここに本会を組織し、その製作品の輸出に付いて特別なる便利を与えんと欲す。顧みるに妾ら学浅く、才|拙《せつ》なり、加うるに微力なすあるに足らず、しかしてなおこの大事を企つるは、誠に一片の衷情《ちゅうじょう》禁ぜんとして禁ずる能《あた》わざるものあればなり。希《こいねが》わくは世の兄弟姉妹よ、血あり涙《なんだ》あらば、来りてこれを賛助せられん事を。
明治三十四年十一月三日
[#ここで字下げ終わり]
[#地から2字上げ]設立者|謹述《きんじゅつ》
この事業はいまだ半途《はんと》にして如何《いか》になり行くべきや、常なき人の世のことは予《あらかじ》めいいがたし、ただこの趣意を貫《つらぬ》かんこそ、妾《わらわ》が将来の務めなれ。
* * *
三十余年の半生涯、顧みればただ夢の如きかな。アア妾は今|覚《さ》めたるか、覚めてまた新しき夢に入るか、妾はこの世を棄てん乎《か》、この世妾を棄つる乎。進まん乎、妾に資と才とあらず。退《しりぞ》かん乎、襲《おそ》うて寒《かん》と饑《き》とは来らん。生死《しょうし》の岸頭《がんとう》に立って人の執《と》るべき道はただ一《いつ》、誠を尽して天命を待つのみ。
底本:「妾の半生涯」岩波文庫、岩波書店
1958(昭和33)年4月25日第1刷発行
1983(昭和57)年10月17日第25刷改版発行
2001(平成13)年11月7日第28刷発行
※底本では、二行どりの小見出しの下から、本文が組みはじめられています。
入力:林 幸雄
校正:松永正敏
ファイル作成:
2005年6月25日公開
青空文庫作成ファイル:
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