なりて、他所目《よそめ》には如何《いか》に見えけん、当時妾はひたすらに虚栄心功名心にあくがれつつ、「ジャンダーク」を理想の人とし露西亜《ロシア》の虚無党をば無二《むに》の味方と心得たる頃なれば、両人《ふたり》の交情《あいだ》の如何に他所目《よそめ》には見ゆるとも、妾の与《あずか》り知らざる所、将《は》た、知らんとも思わざりし所なりき。妾はただ彼女の親切に感じ自分も出来得る限り彼に教えて彼の親切に報《むく》いんことを勉《つと》めけるに、ある日看守来りて、突然彼女に向かい所持品を持ち監外に出《い》でよという。さては無罪の宣告ありて、今日こそ放免せらるるならめ、何にもせよ嬉しきことよと、喜ぶにつけて別れの悲しく、互いに暗涙《あんるい》に咽《むせ》びけるに、さはなくて彼女は妾らの室を隔《へだ》つる、二間《けん》ばかりの室に移されしなりき。彼女の驚きは妾と同じく余りの事に涙も出でず、当局者の無法もほどこそあれと、腹立たしきよりは先ず呆《あき》れられて、更に何故《なにゆえ》とも解《と》きかねたる折から、他《た》の看守来りて妾に向かい、「景山《かげやま》さん今夜からさぞ淋《さび》しかろう」と冷笑《あざわら》う。妾は何の意味とも知らず、今夜どころか、只今《ただいま》より淋しくて悲しくて心細さの遣《や》る瀬《せ》なき旨《むね》を答え、何故なればかく無情の処置をなし改化|遷善《せんぜん》の道を遮《さえぎ》り給うぞ、監獄署の処置余りといえば奇怪なるに、署長の巡回あらん時、徐《おもむ》ろに質問すべき事こそあれと、予《あらかじ》めその願意を通じ置きしに、看守は莞然《にこにこ》笑いながら、細君《さいくん》を離したら、困るであろう悲しいだろうと、またしても揶揄《からか》うなりき。その語気《ごき》の人もなげなるが口惜しくて、われにもあらず怫然《ふつぜん》として憤《いきどお》りしが、なお彼らが想像せる寃罪《えんざい》には心付くべくもあらずして、実に監獄は罪人を改心せしむるとよりは、罪人を一層悪に導く処なりと罵《ののし》りしに、彼は僅《わず》かに苦笑して、とかくは自分の胸に問うべしと答えぬ。妾は益※[#二の字点、1−2−22]|気昂《けあが》りて自分の胸に問えとは、妾に何か失策のありしにや、罪あらば聞かまほし、親しみ深き彼女を遠ざけられし理由聞かまほし、と迫りけれども、平生《へいぜい》悪人をのみ取り扱
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