《おんがん》俄《にわか》に厳《いか》めしうなりて、この者をも拘引《こういん》せよと犇《ひしめ》くに、巡査は承りてともかくも警察に来るべし、寒くなきよう支度《したく》せよなどなお情けらしう注意するなりき。抗《あらが》うべき術《すべ》もなくて、言わるるままに持ち合せの衣類取り出し、あるほどの者を巻きつくれば、身はごろごろと芋虫《いもむし》の如くになりて、頓《やが》て巡査に伴《ともな》われ行く途上《みち》の歩みの息苦しかりしよ。警察署に着くや否や、先ず国事|探偵《たんてい》より種々の質問を受けしが、その口振りによりて昼のほど公園に遊び帰途|勧工場《かんこうば》に立ち寄りて筆紙墨《ひっしぼく》を買いたりし事まで既に残りのう探り尽されたるを知り、従ってわれらがなお安全と夢みたりしその前々日より大事は早くも破れ居たりしことを覚《さと》りぬ。
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   第四 未決監


 一 ほとんど窒息《ちっそく》

 訊問《じんもん》卒《お》えて後《のち》、拘留所に留置せられしが、その監倉《かんそう》こそは、実に演劇にて見たりし牢屋《ろうや》の体《てい》にて、妾《しょう》の入牢せしはあたかも午前三時頃なりけり。世の物音の沈み果てたる真夜中に、牢の入口なる閂《かんぬき》の取り外《はず》さるる響《ひびき》いとど怪《あや》しう凄《すさ》まじさは、さすがに覚悟せる妾をして身の毛の逆竪《よだ》つまでに怖れしめ、生来《せいらい》心臓の力弱き妾は忽《たちま》ち心悸《しんき》の昂進《こうしん》を支え得ず、鼓動乱れて、今にも窒息《ちっそく》せんず思いなるを、警官は容赦《ようしゃ》なく窃盗《せっとう》同様に待遇《あし》らいつつ、この内に這入《はい》れとばかり妾を真暗闇《まっくらやみ》の室内に突き入れて、また閂《かんぬき》を鎖《さ》し固めたり。何たる無情ぞ、好《よ》しこのままに死なば死ね、争《いか》でかかる無法の制裁に甘んじ得んや。となかなかに涙も出でず、素《もと》より女ながら一死を賭《と》して、暴虐《ぼうぎゃく》なる政府に抗せんと志したる妾《わらわ》、勝てば官軍|敗《ま》くれば賊《ぞく》と昔より相場の極《きま》れるを、虐待の、無情のと、今更の如く愚痴《ぐち》をこぼせしことの恥かしさよと、それよりは心を静め思いを転じて、生《いき》ながら死せる気になり、万感《まんかん》を排除する事に勉《つと》めしかば
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