《ほうそう》にかかり、一週間前に世を去りぬ、今日《こんにち》はその一七日《ひとなのか》なれば線香なりと手向《たむ》けやらんと、その病《やまい》の伝染して顔もまだこの通りの様《さま》ながら紙屑《かみくず》拾いに出《い》でたるに、病後の身の遠くへは得《え》も行かれず、籠《かご》の物も殖《ふ》えざれば、これでは線香どころか、一度の食事さえ覚束《おぼつか》なしと、悶《もだ》え苦しみつつふと見れば、人気《ひとけ》なき処に着物|乾《ほ》したる家あり。背に腹は換《か》えられず、つい道ならぬ欲に迷いしために、忽《たちま》ち覿面《てきめん》の天罰《てんばつ》受けて、かくも見苦しき有様となり、御目《おんめ》にかかりしことの恥かしさよと、生体《しょうたい》なきまで泣き沈み、御恵《おんめぐ》みに与《あずか》りし時は、病床《びょうしょう》にありし良人《おっと》へも委細を語りて、これも天の御加護《おかご》ならんと、薬も買いぬ、小供に菓子も買《こ》うて遣《や》りぬ、親子三人久し振りにて笑い顔をも見せ合いしに、良人の病《やまい》はなお重《おも》り行きて、敢《あ》えなき最期《さいご》、弱る心を励《はげ》まして、私は小供|対手《あいて》にやはり紙屑拾いをばその日の業《わざ》となしたりしに、天道《てんどう》さまも聞えませぬ、貧乏こそすれ、露《つゆ》いささか悪《あ》しき道には踏み込まざりし私《わたくし》母子《おやこ》に病を降《くだ》して、遂《つい》に最愛の者を奪い、かかる始末に至らしむるとは、何たる無情のなされ方《かた》ぞなど、果《はて》しもなき涙に掻《か》き暮れぬ。妾は既にその奇遇に驚き、またこの憐れなる人の身の上に泣きてありしが、かくてあるべきならねば、他《た》の囚徒と共にいろいろと慰めつつ、この上は一日も早く出獄して良人《おっと》や子供の菩提《ぼだい》を弔《とむら》い給えなど力を添えつ。一週間ばかりにして彼は既決に編入せられぬ。されどひたすらに妾との別れを悲しみ、娑婆《しゃば》に出でて再び餓《うえ》に泣かんよりは、今少し重き罪を犯し、いつまでもあなた様のお側《そば》にてお世話になりたしなど、心も狂おしう打ち歎《かこ》つなりき。
 実《げ》にや人の世の苦しさは、この心弱き者をして、なかなかに監倉の苦を甘んぜしめんとするなり、これをしも誰か悲惨ならずとはいうや。当局者は能《よ》く罪を罰するを知れり、乞い
前へ 次へ
全86ページ中30ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
福田 英子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング