の外《ほか》はなかりき。さるにても、同志は如何様《いかよう》の余裕ありて、かくは豪奢《ごうしゃ》を尽すにかあらん、ここぞ詰問《きつもん》の試みどころと、葉石氏に向かい今日《こんにち》の宴会は妾ほとほとその心を得ず、磯山氏よりの急使を受けて、定めて重要事件の打ち合せなるべしと思い測《ほか》れるには似もやらず、痴呆《たわけ》の振舞、目にするだに汚《けが》らわし、アア日頃頼みをかけし人々さえかくの如し、他の血気の壮士らが、遊廓通《ゆうかくがよ》いの外《ほか》に余念なきこそ道理なれ、さりとては歎《なげ》かわしさの極《きわ》みなるかな。かかる席に列《つら》なりては、口利《くちき》くだに慚《は》ずかしきものを、いざさらば帰るべしとて、思うままに言い罵《ののし》り、やおら畳《たたみ》を蹶立《けた》てて帰り去りぬ。こはかかる有様を見せしめなば妾の所感|如何《いかが》あらんとて、磯山が好奇《ものずき》にも特《こと》に妾を呼びしなりしに、妾の怒り思いの外《ほか》なりしかば、同志はいうも更《さら》なり、絃妓《げんぎ》らまでも、衷心《ちゅうしん》大いに愧《は》ずる所あり、一座|白《しら》け渡りて、そこそこ宴を終りしとぞ。

 四 磯山の失踪《しっそう》

 それより数日《すじつ》にして爆発物も出来上りたり、いよいよ出立という前の日、磯山の所在分らずなりぬ。しかるにその甥《おい》なる田崎某《たざきぼう》妾に向かいて、ある遊廓に潜《ひそ》めるよし告げければ、妾先ず行きて磯山の在否を問いしに、待合《まちあい》の女将《おかみ》出《い》で来りて、あらずと弁ず。好《よ》し他《た》の人にはさも答えよ、妾は磯山が股肱《ここう》の者なり、この家に磯山のあるを知り、急用ありて来れるものを、磯山にして妾と知らば、必ず匿《かく》れざるべしと重《かさ》ねて述べしに、女将|首肯《うなず》きて、「それは誠にすみまへんが、何誰《どなた》がおいでやしても、おらんさかいにと、いやはれと、おいやしたさかい、おかくしもうし、たんだすさかい、ごめんやす、あんたはんは女《おなご》はんじゃ、さかい、おこりはりゃ、しまへんじゃろ」とて、妾を奥の奥のずーッと奥の愛妓《あいぎ》|八重《やえ》と差し向かえる魔室に導《みちび》きぬ。彼は素《もと》より女将《おかみ》に厳命せし事のかくも容易《たや》すく破れんとは知るよしもなく、人のけはいをばただ女
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