か、御身《おんみ》の言葉|違《たが》えり、仮令《たとえ》ばその日暮《ひぐら》しのいと便《びん》なきものなりとも、一家|団欒《だんらん》の楽しみあらば、人の世に取りて如何《いか》ばかりか幸福ならん。素《も》と自分の洋行せしは、親より強《し》いて従妹なる者と結婚せしめられ、初めより一毫《いちごう》の愛とてもなきものを、さりとは押し付けの至りなるが腹立たしく、自暴《やけ》より思い付ける遊学なりき。されば両親も自ら覚《さと》る所ありてか遊学中も学資を送り来りて、七年の修業を積むことを得《え》、先に帰朝の後は自分の理想を家庭に施す事を得んと楽しみたりしに、志《こころざし》はまた事と違いて、昔に優《まさ》る両親の処置の情《なさ》けなさ、かかる家庭にあるも心苦しくて他出《たしゅつ》することの数※[#二の字点、1−2−22]《しばしば》なりしにつれて、覚えずも魔の道に踏み迷い、借財山の如くになりて遂《つい》に父上の怒りに触れ、かかる放蕩《ほうとう》者の行末《ゆくすえ》ぞ覚束《おぼつか》なき、勘当せんと敦圉《いきま》き給えるよし聞きたれば、心ならずも再びかの国に渡航して身を終らんと覚悟せるなりと物語る。アア妾もまた不幸|落魄《らくはく》の身なり、不徳不義なる日本紳士の中《うち》に立ち交らんよりは、知らぬ他郷こそ恋しけれといいけるに、彼は忽《たちま》ち活々《いきいき》しく、さらば自分と同行するの意はなきや、幸い十年足らずかの地に遊学せし身なれば、かの地の事情に精通せりなど、真心《まごころ》より打ち出《いだ》されて、遠き沙漠《さばく》の旅路に清き泉を得たらんが如く、嬉しさ慕《した》わしさの余りより、その後|数※[#二の字点、1−2−22]《しばしば》相会しては、身にしみじみと世の果敢《はか》なさを語り語らるる交情《なからい》となりぬ。ある日彼は改めて御身《おんみ》にさえ異存なくば、この際結婚してさて渡航の準備に着手せんといい出でぬ。妾も心中この人ならばと思い定めたる折柄《おりから》とて、直ちに承諾の旨《むね》を答え、いよいよ結婚の約を結びて、母上にも事情を告げ、彼も公然その友人らに披露《ひろう》して、それより同棲《どうせい》することとなり、一時|睦《むつ》まじき家庭を造りぬ。

 二 貧書生《ひんしょせい》

 その頃の新聞紙上には、豪農の息子|景山英《かげやまひで》と結婚すなどの記事も
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