中江兆民《なかえちょうみん》先生、栗原亮一《くりはらりょういち》氏らの厚遇を受け給いぬ。夜に入りて旅館に帰り、ようよう一息《ひといき》入れんとせしに、来訪者引きも切らず、拠《よんどころ》なく一々面会して来訪の厚意を謝するなど、その忙しさ目も廻らんばかりなり。翌日は、重井《おもい》、葉石《はいし》、古井《ふるい》らの諸氏が名古屋より到着のはずなりければ、さきに着阪《ちゃくはん》せる同志と共に停車場《ステーション》まで出迎えしに、間もなく到着して妾らより贈れる花束を受け、それより徒歩して東雲《しののめ》新聞社に至らんとせるに、数万《すまん》の見物人および出迎人にて、さしもに広き梅田|停車場《ステーション》もほとんど立錐《りっすい》の地を余さず、妾らも重井、葉石らと共に一団となりて人々に擁《よう》せられ、足も地に着かずして中天にぶらさがりながら、辛《かろ》うじて東雲《しののめ》新聞社に入る。新聞社の前にも見物人山の如くなれば、戸を閉じて所要ある人のみを通す事としたるに、門外には重井万歳出獄者万歳の声引きも切らず、花火は上る剣舞は始まる、中江先生は今日は女尊男卑なり、君をば満緑《まんりょく》叢中《そうちゅう》紅一点《こういってん》ともいいつべく、男子に交りての抜群の働きは、この事件中特筆大書すべき価値ありとて、妾をして卓子《テーブル》の上に座せしめ、其処《そこ》にて種々の饗応《きょうおう》あり。終りて各※[#二の字点、1−2−22]《おのおの》旅宿に帰りしは早や黄昏《たそがれ》の頃なりけり。
[#改ページ]
第九 重井との関係
一 結婚を諾《だく》す
それより重井、葉石、古井の諸氏は松卯《まつう》、妾《しょう》は原平《はらへい》に宿泊し、その他の諸氏も各※[#二の字点、1−2−22]《おのおの》旅宿を定め、数日間は此処《ここ》の招待、彼処《かしこ》の宴会と日夜を分たざりしが、郷里の歓迎上都合もある事とて、それぞれ好《よ》きほどにて引き別るることとなり、妾も弥※[#二の字点、1−2−22]《いよいよ》明日岡山へ向け出立というその夜なりき、重井より、是非相談あれば松卯に来りくれよと申し来りぬ。何事かと行きて見れば、重井も葉石もあらず、詮方《せんかた》なく帰宿せんとする折しも、重井|独《ひと》り帰りて、妾の訪れしを喜び、さて入獄以来の厚情は得《え》も忘られず、今回
前へ
次へ
全86ページ中54ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
福田 英子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング