《しやふ》とは落ちしなるべし。定《ぢやう》かや足は得洗《えあら》はで病《やまひ》の為《た》めに程《ほど》なく没《ぼつ》したりとぞ
      ○
エモンを字の如《ごと》くイモンと読んで衣《きぬ》に附《つ》けた紋《もん》と心得《こゝろえ》て居《ゐ》た小説家《せうせつか》があつたさうだが、或《ある》若《わか》い御新造《ごしんぞう》が羽織《はをり》を幾枚《いくまい》こしらへても、実家《じつか》の紋《もん》を附けるのを隣の老婢《ばあや》が怪《あやし》んでたづねると、良人《やど》と儂《わたし》は歳《とし》の十|幾《いく》つも違ふのですもの、永く役に立つやうにして置かねばと何でも無しの挨拶《あいさつ》に、流石《さすが》おせつかいの老婢《ばあや》もそれはそれはで引下《ひきさが》つたさうだ此処迄《こゝまで》来れば憾《うら》みは無い。
      ○
いつの年《とし》でしたか私《わたくし》の乗りました車夫《くるまや》が足元《あしもと》へ搦《から》み着《つ》へた紙鳶《たこ》の糸目《いとめ》を丁寧《ていねい》に直して遣《や》りましたから、お前《まい》は子持《こもち》だねと申しましたら総領《そうりよう》が七《なゝ》つで男の子が二人《ふたり》あると申しました
      ○
悠然《いうぜん》と車上《しやじよう》に搆《かま》へ込《こ》んで四方《しはう》を睥睨《へいげい》しつゝ駆《か》けさせる時は往来《わうらい》の奴《やつ》が邪魔《じやま》でならない右へ避《よ》け左へ避《さ》け、ひよろひよろもので往来《わうらい》を叱※[#「口+它」、第3水準1−14−88]《しつた》されつゝ歩く時は車上《しやじよう》の奴が《やつ》が癇癪《かんしやく》でならない。どちらへ廻《まは》つても気に喰《く》はない。
(以上十月二十日)
      ○
さうだ、こんな天気のいゝ時だと憶《おも》ひ起《おこ》し候《そろ》は、小生《せうせい》のいさゝか意《い》に満《み》たぬ事《こと》あれば、いつも綾瀬《あやせ》の土手《どて》に参《まゐ》りて、折《を》り敷《し》ける草の上に果《はて》は寝転《ねころ》びながら、青きは動かず白きは止《とゞ》まらぬ雲を眺《なが》めて、故《ゆゑ》もなき涙の頻《しき》りにさしぐまれたる事に候《そろ》。兄《あに》さん何して居《ゐ》るのだと舟大工《ふなだいく》の子の声を懸《か》け候《そろ》によれば其《その》時の
前へ 次へ
全13ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
斎藤 緑雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング