と出掛けてしまふ。村外れまで見送るつもりで、僕も一所に出た。丁度、村の人達が市中の肥料を汲んで帰る時刻で、向うから車がつゞいて来る。父親や良人の車を、盲縞の仕事着に手拭で髪を包み、汗も拭はず好い血色した娘や若妻等が、勇ましげに車の後押をして来る。それを見て、翁は始めて担つて居る草簑の由来を物語つた。翁が所持の草簑は、先月三日谷中村破壊三年の記念会の折、翁からの依頼で、僕がワザ/\この村から持つて行つたのだ。この前翁が僕の村へ見えた時、丁度雨で、若い婦人達が簑笠で働いて居たその姿が如何にも元気で美くしく見えた。翁は自分もこの簑を着て見たいと心が動いたのださうである。
『所で、わしが着ると、まるで百姓一揆のやうで、余り好い恰好でねい』
かう言つて、翁は真面目な顔して笑つた。僕は覚えず噴き出して笑つた。この機会に僕は又勧めて見た。
『岡田氏へ行つて御覧になりませんか』
すると翁の顔は忽ち曇つて、
『何分、時が無くて――』
翁は岡田と云ふ人を、その頃流行の催眠術か何かの如く思つて居たらしい。僕は直ぐ別な話をしながら、小川に沿うて曲り曲り歩を進めた。何時の間にか、村界の小橋へ来た。こゝで別
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