の休息室にて書  正造
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 その文章と云ひ筆蹟と云ひ、一気呵成、所謂インスピレーシヨンの所作だ。この当時、翁は僕の態度に対して甚だ不満を抱いて居た。僕が一切世間に背を向けて逃避の生活に落ちて居るのに対し、少なからぬ不満を抱いて居た。さればこの文章をワザ/\郵便で送り越されたこと、必定訓戒の深意を含めてあるものと推察し、一層難有く拝読驚歎した。その次ぎにお目にかゝつた時
『あゝ云ふものが、どうしてお出来になりましたか』
と聞いて見たが、翁は、
『何だか死ぬるやうな気がして、たゞ無暗に書いて見たのです』
 かう云ふ返事であつた。

   岡田虎二郎に逢ふ

 明治四十三年。――八月三日付の翁の端書が来た。表面に「不急の土用消息」と大書してある。
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「一昨日、埼玉の川辺利島、茨城の古河町の南新郷村を見たり。本年、今日まで洪水なく、気候十分、田の稲は色黒きまで濃く茂りたり。無事ならば、三ヶ村四十万円の収入ならんと云ふ。然るに此三ヶ年一粒の得るなきは、利根川流水妨害工事の為めなり。本年の気候は妨害工事の功力もなし。面白し/\。たゞ目出度取らせたいです
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