れは銅山党の奸策だ。鉱毒問題を治水問題に塗り変へる銅山党の奸策だ。』
 けれど翁のこの熱弁に耳を仮す者は恐らく一人も無かつたらう。のみならず、今や渡良瀬川沿岸の鉱毒地ですら、一には多年の疲弊の為め、一には目前逆流洪水の損害を免れる為め、この政府の渡良瀬改修案、即ち、谷中村亡滅案を歓迎する情態で、現に彼の兇徒嘯集罪の英雄等すら、この渡良瀬改修案の餌の為めに、多年の首領田中正造に楯を衝くことになつた。
 明治三十七年末の栃木県会に於て、知事は政府の命令に従て堤防修築費の偽名の下に三十六万円の谷中村破壊追加予算案を県会最後の日に提出した。この間秘密の運動あり、深夜開議、質問もなく答弁もなく、全会闇黙の裡にこれを可決通過した。この県会の決議を待つて、政府は衆議院へ「栃木県災害土木補助費二十二万円」の臨時予算を提出し、議会は無造作にこれを通過した。翁は東奔西走した。けれど翁の『銅山党の奸策』は殆ど全く何処にも反響しなかつた。寧ろ田中の狂激として却て到る所に反感を買つたに過ぎなからう。この政府の補助費二十二万円の中十二万円が谷中亡滅費に加へられるので、即ち谷中村破壊費用総計四十八万円と云ふことであ
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