いづる虱よく見れば彼も造化の
手足なるらん
降る雪よやみかたなくば積もれかし我はふみ立て
けたて行くべし
[#ここで字下げ終わり]

   谷中村破壊

 今も世間で偶々田中翁の事を語る時に「谷中村の破壊事件」を言ふ。けれどもこの「谷中村の破壊」と云ふ一語に何が含まれて居るかを明瞭に知る者は殆ど無い。これは翁が老後而かも最も細密な苦辛を嘗めた事件であるが、茲には極めて大体の輪廓を語る外に道が無い。
 翁は嘗て議会で、足尾鉱毒事件は最早渡良瀬川沿岸のみの問題では無く、既に江戸川の問題であり、東京府の問題であることを叫んだ。政府は江戸川の上流関宿の口を狭めて、利根川の下流を渫ひ、更に渡良瀬川が利根へ合流する口を拡げて、洪水の時には大きな利根の水が渡良瀬の水を押へてこれを何十里逆流させ、以て江戸川の氾濫を禦ぐ策を立てた。そこでこの渡良瀬川の逆流洪水を緩和する為めに渡良瀬の下流谷中村一帯の農村を亡くして、大遊水池を造ると云ふのである。政府が治水会と云ふものを設け全国河川の改修諮問案を出した中に、この渡良瀬改修案をも加へてある。治水会の会員には官吏技師議員など網羅してある。田中翁は絶叫した。『こ
前へ 次へ
全47ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
木下 尚江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング