と。是に於て一毛の私心万益を破るの道理に基き、先づ姉妹の負債を返却し、謹で一書を老父の膝下に捧げ、こゝに再び財産を犠牲に供し、一身以て公共に尽すの自由を得んことを請へり。其要に曰く
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一、今より後、自己営利事業の為め精神を労せざる事。
一、公共上の為め毎年百二十円づゝ三十五年間の運動に消費する事。(此予算は、後に明治二十二年以来選挙競争の為に破れたり)
一、男女二人の養児は、相当の教育を与へて他へ遣はす事。
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 書中又た述べて曰く。正造には四千万の同胞あり、天は我が屋根、地は我が床なりと。予窃に老父が容易に許可を与へざるべきを思へり。然るに老父是を見て喜色満面、曰く嗚呼能く此言をなせり、汝の志や可し、只だ能く是を貫き得るや否やと。乃ち老筆を揮て古人の狂歌一首を書して予に示す。
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死んでから仏になるはいらぬ事
   生きて居る中善き人になれ
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 予感激、斎戒、実行を神祇に誓ふ。」
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 時に明治十二年、三十九歳。爾来二十余年の政治生活
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