る。偖て此話の広く伝はりて、正造は酒屋の番頭には不適当なりとの誹謗攻撃至らざるなく、終に主人茂平も正造に暇を出すの都合とはなれり――」
「十年、西南戦乱に伴ふ紙幣濫発の事あり。予思へらく、物価必ず騰貴せんと。乃ち十年前六角家事件にて貧困せる正義派の疲弊を回復せん為め、勧めて田畑を買入れしめんとす。皆な冷笑して曰く、正造既に産を破つて且つ世事に疎し、酒屋の番頭を勤むる二年、僅に差引勘定を学べるに過ぎず、彼が経済の空論信ずるに足らずと。是に於て予は自ら成敗を試みて朋友に示さんと欲し、父妻に謀て、土蔵納屋を始め、父祖伝来のガラクタ道具を売却し、姉妹の財をも借り加へて僅に五百両にまとめ、病床に在て徐々に近傍の田畑を買入れたり。未だ数月ならずして地価は俄に上騰し、二倍となり四倍となり六倍七倍となり、遂に十倍以上となりて、容易に三千余円を儲け、以て父祖の財産を復し得たり。父祖の財産復旧す。予思へらく、普通脳力を有する者ならんには、一方に営利事業にたづさはり、一方に政治の事に奔走するを得べきも、如何せん予が脳力偏僻にして之に堪へず。如かず、一刀両断、一身一家の利益を抛つて政治改良の事に専らならんには
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