て三十四歳、青天白日の身となりて、久々にて故郷へ帰つて見れば、母はこの三月九日に亡き人の籍に入つて居た。翁に取て如何ばかり悔恨の痛事であつたことぞ。
君よ。僕は田中翁が一身を政治運動に投じた動機に就て、君の深き理解を求める為め、自叙伝の草稿からその一二節を抜書きする。
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「明治八年、正造、隣村酒屋の番頭となり、家族及親戚朋友の為に自ら模範者となり、樽拾ひまでに尽力せり。一日、夏天、黒雲低く暴雨来らんとす。馬に石灰を積みたる馬丁、店頭に銅貨二銭を投じて酒を出せよと叫ぶ。正造其馬を見れば、背に汗して淋漓たり。正造おもへらく、今雨来らば此馬や病気せんに、憎むべき馬丁よと。依て汝は何人の雇人なりやと問ふ。馬丁答へて、此方は足利郡稲岡村武井の作方奉公人なりと。正造更に、汝の名を言へ、汝は、馬は主人のなれば、今将に雨降らんとするに不拘酒を呑まんとす。馬の汗かきたるを知らざるか、汗かきたる背に雨をうたせば馬は忽ち病気せん。主人の荷、主人の馬、汝之を愛せざるか。明日主人に、此旨を通ずべし、と罵りければ、馬丁の恐怖一方ならず、二銭の銭を取戻して、酒を呑まずに馬に鞭打ちて出て行きけ
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