の。
    ○
誰が宿の、春は訪ふらん。わび人の、籬の外の、鴬の声。
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帰雁
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夜さへも、とまらで帰る、かりがねは、故郷いかに恋しかるらん。
    ○
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桜の頃、或夜、風はげしく吹きければ。
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嵐こそ、うしろめたけれ。桜花、行きて見るべき、我身ならねば。
    ○
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故山を思うて
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春おそき、片山里の桜花、誰を待ち得て、咲かんとすらん。
    ○
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食膳の蕨を見て
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萌え出づる蕨を見れば、山人も、捨てし浮世の、春ぞ恋しき。
    ○
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運動場にて、落花を拾ひて、袖に収めけるを看守の見て咎めければ、二首。
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香をだにも、袖にとゞめて、あかず散る、花の夕の、思ひ出にせん。
またも来て、訪ふ宿ならぬ花なれば、散り行く影の、なほぞ恋しき。
    ○
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この年、三月に閏ありと聞きければ、
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常よりも、のどけき春と
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