き年は暮るゝも惜しからぬよし、人伝てに言ひ越しければ返し。
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濡衣の、春待つ人の心には、暮れ行く年ぞ、いそがれにける。
    ○
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明治三十一年元旦
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あら玉の、年返りぬと聞くからに、古る事さへぞ思ひ出でぬる。
    ○
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一月二十四日、有罪の判決を受く、この日稀有の大雪。
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久方の、天きる雪のおもしろく、つもるにまかす、袖の上かな。
    ○
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二月三日、立春
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消ぬが上に、み雪ふるなり、山里の、いづこの空に春は来ぬらん。
    ○
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二月五日、東京へ護送さる。控訴の為めなり、夜明け頃より雨降りければ。
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故郷の、名残りに落つる涙をば、袖にまぎらす、今朝の雨かな。
    ○
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監獄の門を出づる頃、雨は止みぬ。稲倉の峠下にて茶屋に憩ひけるに、山の陰に煙の立ち上るを、何ぞと尋ねけるに炭竃なりと主人の言ひけるにぞ。
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賤の男が、深雪かくれの炭
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