まさるらん。
[#ここから3字下げ]
官が給与の鼠紙を台に、自ら携へたる白紙を撚りて文字となし、麦飯の糊もて、歌など張り付け、余念もなく憂き日を忘れて過ぎけるに、一日、室内点検の獄吏、無断に持ち去りて棄てたりければ、愛惜言はん方なく、
[#ここから1字下げ]
こゝにして、死なば、かたみとなぐさめし、我身の影の、行方知らずも。
○
[#ここから3字下げ]
荒き格子の間より、土の廊下へ飯粒一つ二つ播き与ふるに、雀の子の近く来りて啄む姿、譬へんやうなく愛らしかりしに、近頃久しく影も見えずなりければ、
[#ここから1字下げ]
世の中は、今が稲田の秋ならん。雀の、ここら、影も見せぬは。
○
[#ここから3字下げ]
墻外の古濠に水禽の鳴くをきゝて。
[#ここから1字下げ]
夜もすがら、鴨ぞ鳴くなる。うたた寝の、蘆の枯葉に、霜やおくらん。
○
[#ここから3字下げ]
房外に出でて、四方の山の白くなれるを見て。
[#ここから1字下げ]
袖さえて、得も寝ざりしが、今朝見れば、山山白く、雪ふりにけり。
○
[#ここから3字下げ]
一房を置きて隣れる吉江源次郎君より、かゝる憂
前へ
次へ
全13ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
木下 尚江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング