けて仕舞ふ。けれど後になると、翁の言ふたことが皆な正確な事実になつて現はれて来る。普通人の事実と云ふのは、只だ目に見えるだけの浅薄な断片に過ぎないが、翁の事実は、脳中《あたま》の鏡に映じた組織的戯曲的の事実だ。彼は直に我が見た所のものを語る。故に未だ存在しないことをも、既に存在したものとして語る。彼に取ては未来は即ち現在だ。彼は書物《ほん》も読まない。新聞も読まない。只だ一心に「人」ばかり考えて居る。故に翁の智慧には殆ど虚偽の雲が無い。『小児《こども》の時読んだ論語さへも、今日邪魔になる』と、何時やらもシミ/″\と歎息された。

       五

 然れども過去を考えると、翁の事業は「悪を憎む」一方に傾いて居た。其の動機の底には、愛人の熱涙が沸つて居ても、其れが一たび彼の「気質」を通過して出て来る時は、既に一面に敵に対する憎悪の毒烟に掩はれて居た。鉱毒運動に賛成する者は正義の士で、賛成しない者は不正不義の徒と、かう云ふ風に、翁の眼中には極めて明確に区別がついて居た。
 政党を捨て、議会を捨て、政治を捨て、世間からも、故旧からも、同志からも一切忘られて、孤身単影、谷中の水村へ沈んだ時が
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