悟としては、余りに高過ぎた。政治家になつた為めに二十年後れたと云ふ歎息は、少しも不思議で無い。
翁が進歩党を脱したのも、其の原因は、鉱毒問題を他から党派間題として中傷されるのを避ける為めであつたろう。又た議員を止めたのも、鉱毒問題は選挙の政略だなど讒誣されるのを防ぐ為めであつたろう。けれど政党とか議会とか云ふ窮屈な小箱に納まつて居ることは、翁の本来性の所詮堪え得る苦痛で無いことが、其の深い真因である。人間を只だ社会国家の一分子と見、机上の統計表を繰りひろげて、富が増したとか、国権が拡張したとか言ふて居ることは、翁の熱血の承知し得ることで無い。翁の眼は直に活きて居る「人」に注ぐ。
四
翁の頭脳《あたま》には一人の大きな戯曲家が住んで居る。其れ故、始めて翁と語る者は、彼は幻視《まぼろし》と事実と混同して居るんじや無いかと思ふ。或は彼は誇大な虚言《うそ》を吐く男だと思ふ。成程翁の語る事実には、普通の事実と違ふものが多い。翁は普通の人が見ない事実を語る。何等の疑念なく、平気に真面目に、而かも慷慨歎息して語る。而して多くの人は是れが為に、『田中の話は信用が出来ぬ』と云ふて避
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