たが、検事の控訴で、事件は東京控訴院へ移された。
政治界には、伊藤博文が自由党を基礎に官僚を率《ひき》ゐて、三十三年九月、政友会を組織したので、山県は直に伊藤を推薦して、辞表を提出し、十月伊藤を首相とする政友会内閣が出来た。
第十五議会、田中正造に取つて最後の議会が開かれた。この議会に於て、彼は二度演壇に立つた。三月二十四日、最後の演説の最終の語を聴け。
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『たゞ諸君に御訴へ申さなければならないのは、御互に人の命は明日も期し難い事で御座りまする。来る十六議会は姑く措いて、明日が計り難いのでございますから、思ふ事の要点は、どのやうにも、たとひ一言たりとも諸君に御訴へ申して置きたいのでござります。と言ふのは、当年もこの増税騒ぎ、昨年も増税騒ぎ、これでまた矢張り明年も増税、明後年もと云ふ筆法に行くのである。
 諸君。このやり方で、憲法は打《ぶ》つ壊《こは》しツ放《ぱな》しにして置いて、増税、増税、増税――何処まで行つて停止するのであるか。畢竟この日本の……………………御仕合せな話である。若しこの国民が八釜《やかま》しい人民であるならば、……………は無いのである。――この
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