田畑が実《みの》らなくなつたと云ふ事実と比較が出来るものでない。憲法があり法律がある今日、それを執行することが出来ないならば、農商務大臣はその責任を尽さないのである。その責《せめ》を尽すことの出来ないものは速にその職を辞さなければならぬ』
[#ここで字下げ終わり]
田中が、議会の演壇で真つ赤になつて、農商務大臣の責任を論じて居る時、政府は裏から手を伸ばして、被害地人民の口に封印を押して居た。地方官吏が権力を以て示談の契約書に調印をさせて居たのだ。見本を一枚見せよう。
       契約書
[#ここから1字下げ]
下野国上都賀郡足尾に於て、古河市兵衛所営の銅山より流出する粉鉱に就き、渡良瀬川沿岸町村に加害有之に付、今般仲裁人立入、其扱に任し、梁田郡久野村人民より正当なる手続を尽し委任を付托せられたる総代其外十二名と、古河市兵衛との間に熟議契約をなす左の如し。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
第一条 古河市兵衛は粉鉱の流出を防がんが為め、明治二十六年六月三十日を期し、精巧なる粉鉱採聚器を足尾銅山工場に設置する事。
第二条 古河市兵衛に於ては、仲裁人の取
前へ 次へ
全46ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
木下 尚江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング