殖えて分配も行き渉り、百人が略々同様に安楽なるは喜ぶべきことゝ私は思ひます。これが、私は日本の後来の為に注意すべき点と思ふ。私は斯様なる社会の有様に日本を置きたいと希望します。日本にバンデルビルトの如き人が出来ずとも衆人が不足を告げず、資本労力の戦争なき富国にしたいと、私は思ひます。さればとて弊害をのみ恐れて、現在のまゝ未開の有様に居ようと主張するではありません。矢張り大きな製造会社も起したい。今日のやうに熱天に汗をかいて一人でボツ/\仕事するよりも、器械を用ひてやるやうにしたいが、同時にこれに伴ふ弊害を避ける方法を講究したい。」
かくて先生は、独逸の社会党を説き英国のツレードユニオンを説き、最後に「コーペレーシヨン」に就て実地見聞の説明をして、一大長講演を結んである。
僕はこの速記録を読んで、時勢の変遷に驚愕した。「産業革命」の知識は、今や少年少女の常識になつて居る。けれど、明治二十年の頃には、大学生の頭にも未だ異聞怪談であつた。この時に於て、平明に豊富に、噛んで含めるやうに未来を警告された先生の知見と誠意と能弁とに、僕は心の底から感歎した。先生はこの時三十九歳だ。
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