僅かに鉱毒被害民の事情を知るに過ぎざるなり。而して之を中央に伝達する地方官吏にして、彼等人民を誤解し居るに至ては、中央当局者|仮令《たとひ》賢明なりと雖も、豈に其の実情を知ることを得んや。
余は鉱毒被害地の惨状を聞くに熟せり。去れど足一とたび其の地を踏むに及びて其の惨状の寧ろ伝聞に勝れる者あるを感じたり。余は既往に於て被害民の数※[#二の字点、1−2−22]|簑笠《さりつ》上京したるを見聞せり。当時余は多少其の間に疑惑を※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]《さしはさ》まざるに非ざりしも、今に至て始めて之を氷解せり。
渺茫《べうばう》として田園の不毛に帰したるあり。所々に小丘を見るは是れ毒土を聚積したりしなり。川に魚なく、堤の竹藪枯れて、春鶯また巣くはず、夏の夕、蚯蚓《きういん》の歌ふ声絶えて、小児の蛇を知らざる者あり。勿論鉱毒地は其面積甚だ広く、処によりては被害の余り大ならざる者ありと雖も、其の劇甚地に至りては、聞く者、見る者、悲痛の因ならざるはあらず。二十余町の地主にして、僅かに一家数口を糊するに過ぎざるあり。農家の婦にして、野菜を買うて厨房を理す
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