口を拘致せり、故に我等は其不法を責めて之を回復したりなりと。事実の確否は疑獄に関聯するが故に暫く之を尋窮《じんきゆう》せざるべし。然れ共之を警官の職責より論じて、一旦拘致したる者を、空しく放還するは、是れ果して適当の処置なりや否や。否な果して其責任を辱かしめざる行為と言ひ得べきや否や。此の一事の中には、権力の濫行|乎《か》、職務の懈怠乎、二者何れかを含まざるべからず。余は之を本邦警察権の為めに普《あまね》く世の識者に訴へざるべからず。

   被害民の今後

鉱毒被害民が今後の動静如何、是れ差当りての問題なり。彼等の側面より観る時は、彼等は鎮圧されたるなり。鎮圧は平穏の徴候に非ずして、却て激昂の禍機《くわき》を包蔵する者に外ならず。
看よ、栃木県足利郡筑波村に於ては、既に断然村役場を閉鎖せり。未だ閉鎖に及ばずと雖も此の最後の手段に出でんと欲する者、尚ほ多し。彼等被害民は国家の恩沢と、国法の保護とは、己等の上に輝かざる者と憤懣し居るなり。彼等は両々、三々頭を鳩《あつ》め、声をひそめ、歎声を洩らして曰く、斯かる有様にては国の滅するも遠からじと。
余は彼等野人の口より此の真率沈痛の語を聴きて
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