君《あなた》を良人《をつと》と思ふ心に曾《かつ》て変動を見たることの無いのは、神仏の前に誓言することが出来る、で、此の心が何時《いつ》か肉体を分離したる未来世《みらいせ》に於ては、幸に我妻と呼んで呉《く》れよと云ふ意味を、縷々《るゝ》認《したゝ》めてありました、言々《げん/\》是《こ》れ涙、語々《ごゝ》是れ血と云ふのは多分|此《かく》の如きものであらうと感じたのです」
「して、其の手紙は今も何処《どこ》にか残つて居ませうか」と流石《さすが》三面記者の丸井老人、直ぐ種取的《たねとりてき》の質問、
「左様《さやう》、兼吉は大切に深く懐中に納めて居ましたから、今は必ず監獄署に預かつて居るでありませう――彼は其手紙を握り占めて真に血涙を絞《しぼ》りました、遊惰なる富民の獣慾の為めに、清浄無垢《せいじやうむく》なる少女の節操の揉躙《じうりん》せらるゝのを却《かへつ》て喝釆《かつさい》歓喜する社会は果して成立の理由があるかと憤慨して、彼は実に泣きました、丸井さん、日本では切《しき》りに虚無党を悪口致しますが、現在の社会と比較するならば、虚無党の主張の方が寧《むし》ろ確《たしか》に真理に近いものです
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