フロックコート端然と着なしたる、四十|恰好《かつこう》の浅黒き紳士は莞爾《くわんじ》として此方《こなた》に近《ちかづ》き来《きた》る、是《こ》れ交際家として牧師社会に其名を知られたる、永阪教会の長谷川|某《なにがし》なり、
妹の芳子は頬《ほほ》膨《ふく》らし、
「厭《いや》な奴ツ」とツブやくを、梅子は「あら」と小声に制しつ、
牧師は額の汗|拭《ぬぐ》ひも敢《あ》へず、
「これは/\、御揃《おそろ》ひで御散歩で在《い》らつしやいまするか、オヽ、『黒』さんも御一緒ですか」と、芝生に横臥《わうぐわ》せる黒犬にまで丁重に敬礼す、是れなん其仁《そのじん》、獣類にまで及べるもの乎《か》、
「エヽ、本日《けふ》罷《まか》り出でまする様《やう》と、御父上から態々《わざ/\》のお使に預りまして」と、牧師は梅子の前に腰打ち屈《かが》めつ「甚《はなは》だ遅刻致しまして御座りまするが、御在宅で在《い》らせられまするか」
妹嬢《いもとむすめ》は黙つて何処《いづこ》へか去《い》つて仕舞ひぬ、
「御光来《おいで》を願ひましたさうで御座いまして、誠に恐れ入りました」と、梅子の言ふを、
「イエ、なに、態々《わざ/
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