方にお定《き》めなさいよ、私《わたし》、松島さん大好きだわ、海軍大佐ですつてネ、今度|露西亜《ロシヤ》と戦争すれば、直《す》ぐ少将におなりなさるんですと――ほんたうに軍人は好《い》いわ、活溌《くわつぱつ》で、其れに陸軍よりも海軍の方が好くてよ、第一|奇麗《きれい》ですものネ、其れでネ、姉さん、昨夜《ゆうべ》も阿父《おとつさん》と阿母《おつかさん》と話して在《いら》しつたんですよ、早く其様《さう》決《き》めて松島様の方へ挨拶《あいさつ》しなければ、此方《こちら》も困まるし、大洞《おほほら》の伯父さんも仲に立つて困まるからつて」
「芳ちやんは軍人がお好きねエ」
「ぢや、姉さんは、あの吉野とか云ふ法学士の方が好いのですか、驚いたこと、彼様《あんな》ニヤけた、頭ばかり下げて、意気地《いくじ》の無い」
「左様《さう》ぢや無いの、芳ちやん」と、姉は静に妹を制しつ
「私《わたし》はネ、誰の御嫁にもならないの」
 妹は眼を円くして打ち仰ぎぬ「――ほんたう」

     一の二

 折柄門の方《かた》に響く足音に、姉の梅子は振り返へりつ、
「長谷川牧師が光来《いら》しつてよ」
 色こそ褪《あ》せたれ黒の
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