かに仰ぎて、独りホヽ笑みぬ、
今しも書生の門前を噂《うはさ》して過ぎしは、此の女《ひと》の上にやあらん、紫《むらさき》の単衣《ひとへ》に赤味帯びたる髪|房々《ふさ/\》と垂らしたる十五六とも見ゆるは、妹《いもと》ならん、去《さ》れど何処《いづこ》ともなく品格《しな》いたく下《くだ》りて、同胞《はらから》とは殆《ほとん》ど疑はるゝばかり、
「ぢや、姉《ねい》さんは何方《どちら》が好《すき》だと仰《おつ》しやるの」と、妹は姉の手を引ツ張りながら、面《かほ》顰《しか》めて促《うな》がすを、姉は空の彼方《あなた》此方《こなた》眺《なが》めやりつゝ、
「あら、芳《よツ》ちやん、私は好《すき》も嫌《きらひ》も無いと言つてるぢやありませんか」
「けれど姉さん、何方《どつち》かへ嫁《ゆ》くとお定《き》めなさらねばならんでせう、両方へ嫁くわけにはならないんだもん」
「左様《さう》ねエ、ぢや私、両方へ嫁きませうか」と、姉は振り返つて嫣然《につこ》と笑ふ、
「酷《ひど》いワ、姉さん、からかつて」と、妹は白い眼して姉を睨《にら》みつ、じつと身を寄せて又《ま》た取り縋《す》がり「ね、姉さん、松島|様《さん》の
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