子嬢サ」
「貴様、真実《ほんたう》か」
と彼《か》の書生は、木立の間《ま》なる新築の屋根を顧《かへり》みつゝ「何《ど》うも不思議だナ、僕は殆《ほとん》ど信ずることが出来んよ」
「懐疑は悲観の児《こ》なりサ、彼女《かれ》芳紀《とし》既に二十二―三、未《いま》だ出頭《しゆつとう》の天《てん》無しなのだ、御所望とあらば、僕|聊《いさゝ》か君の為めに月下氷人《げつかひようじん》たらんか、ハヽヽヽヽヽ」
「然《し》かし、貴様、剛造の様な食慾無情の悪党に、彼《あゝ》いふ令嬢《むすめ》の生まれると云ふのは、理解すべからざることだよ」
「が、剛造などでも、面会して見れば、案外の君子人かも知れないサ」
「そんなことがあるものか」
丸山の塔下を語りつゝ、飯倉《いひくら》の方へと二人は消えぬ、
客去りて車轍《くるま》の迹《あと》のみ幾条《いくすぢ》となく砂上に鮮《あざや》かなる山木の玄関前、庭下駄のまゝ枝折戸《しをりど》開けて、二人の嬢《むすめ》の手を携《たづさ》へて現はれぬ、姉なるは白きフラネルの単衣《ひとへ》に、漆《うるし》の如き黒髪グル/\と無雑作《むざふさ》に束《つか》ね、眼鏡越しに空行く雲静
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