\》と申すでは御座りませぬ、外《ほか》に此の方面へ参る所用も御座りまする、其れに久しく御父上には拝顔を得ませんで御座りまするから」
 牧師は身を反《そら》らしてニヤ/\と笑ひぬ、
 梅子に導かれて牧師は壮麗なる洋風の応接室に入《い》りぬ、
 待つ間|稍々《やゝ》久しくして主人《あるじ》は扉を排して出で来りぬ、でつぷり肥《ふと》りたる五十前後の頑丈造《ぐわんぢやうづく》り、牧師が椅子《いす》を離れての慇懃《いんぎん》なる挨拶《あいさつ》を、軽《かろ》くも顋《あご》に受け流しつ、正面の大椅子にドツかとばかり身を投げたり、
「御来宅《おいで》を願つて甚《はなは》だ勝手過ぎたが、少《す》こし御注意せねばならぬことがあるので」と、葉巻莨《はまきたばこ》の烟《けむり》多《ふと》く棚引《たなび》かせて
「他《ほか》でも無い、例の篠田長二《しのだちやうじ》のことであるが、近頃何か頻《しき》りに非戦論など書き立てて居《を》るさうだ、勿論《もちろん》彼奴等《きやつら》の『同胞新聞』など言ふものは、我輩などの目には新聞とは思へないので、何《どう》せ狂気染みた壮士の空論、元より歯牙《しが》に掛ける必要もないの
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