あるからは、そりや随分火の中へも這入《はひ》りませう、してお名前は」
「篠田ツて言ふのだ、同胞新聞の篠田」
「ヘエ、篠田さん、ぢや、あの、自由廃業をおやりなすつた方でせう」
「さうだ/\、其のとほりの野暮天《やぼてん》なんだから、是非花ちやんの済度《さいど》を仰ぐのだ」
「其に彼奴《きやつ》は非戦争論者で松島君の仇敵なんだ」と叫ぶもあり、
「花ちやん、一つ松島君を操縦するの余力を以て」と河鰭の言ふを「そんな、お弄《なぶ》りなさるなら、否《い》や」とツンとスネる、
「真平々々《まつぴら/\》、是れだ/\」と手を合はすを、
「驚いたことねエ、河鰭さん、」と微笑《ほゝゑ》みつゝ花吉は、小盃《ちよく》を手にしてスイと起てり、

     九の二

 一隅の数名は、何れも酔眼を上げ、視線を花吉に注ぎつつあり、三々伍々と入り乱れたる会衆の間を縫ひつゝ花吉は、ヤガて篠田が座を占めたる他の一隅にぞ進みける、花吉は顧みて河鰭等と遙《はるか》に目くばせしつ、ピタリ座に着きて膝を進めぬ、「篠田さん、――河鰭さんから」
 談話に余念なかりし篠田は、始めて顔を上げぬ、看《み》よ、一個の佳人、慇懃《いんぎん》に盃
前へ 次へ
全296ページ中86ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
木下 尚江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング