ヽと小急ぎに行き過ぐる廿一二の芸妓《げいしや》を、早くも見て取つたる一人声振り上げ「其れへ打たせ玉ふは、烏森《からすもり》に其人ありと知られたる新春野屋の花吉殿ならずや」呼ばれて芸妓は振り向きつ「オヽ、左《さ》言《い》ふ貴殿は河鰭氏《かはひれうぢ》」と晴やかなる眼《まなこ》に笑《ゑみ》を含めて、きツと宜《よろ》しく睨《にら》まへれば「よウ菊三郎ウ」と、何れも手を拍《う》つてザンザめく、
「あら、可《よ》う御座んすよ、たんと御なぶり遊ばせ」と、忽《たちま》ち砕けで群に加はる花吉を、相格《さうがう》崩しての包囲攻撃、
「近来又た海軍の松島を捕獲したツてぢやないか」「花吉の凄腕《せいわん》真に驚くべしだ」「露西亜《ロシヤ》に対する日本の態度の曖昧《あいまい》なのも、君の為めだと云ふ噂《うはさ》だぞ」「松島君に忠告して早く戦争《いくさ》する様にして呉れ給へ」「露西亜との軍費を捲《ま》き上げて、之を菊三郎への軍費に流用する所、好個の外務大臣だ」誠《まこと》や筆を執《と》つては鷺《さぎ》を烏となし、灰吹から竜をも走しらす記者諸君を、只だ三寸の鴬舌《あうぜつ》もて右に左に叩たき伏せ、有り難たがらせて
前へ 次へ
全296ページ中84ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
木下 尚江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング