打つたのが服部時計台《はつとり》の十一時の様だ」
「時に、オイ、熊の野郎め久しく顔を見せねエが、どうしたか知つてるかイ、何か甘《うめ》い商売でも見付けたかな」
「大違《おほちげ》エよ、此夏脚気踏み出して稼業《かげふ》は出来ねエ、嬶《かゝあ》は情夫《をとこ》と逃走《かけおち》する、腰の立《たゝ》ねエ父《おや》が、乳の無《ね》い子を抱いて泣いてると云ふ世話場よ、そこで養育院へ送られて、当時|頗《すこぶ》る安泰だと云ふことだ」
「ふウむ、其りや、野郎可哀さうな様だが却《かへつ》て幸福《しあはせ》だ、乃公《こちとら》の様にピチ/\してちや、養育院でも引き取つては呉れめヱ――、ま、愈々《いよ/\》となつたら監獄へでも参向する工夫をするのだ」
雨|一《ひ》としきり降り増しぬ、
「そりや、貴様《てめい》のやうな独身漢《ひとりもの》は牢屋へ行くなり、人夫になつて戦争に行くなり、勝手だがな、女房があり小児《こども》がありすると、さう自由にもならねエのだ」
「独身漢《ひとりもの》/\と言つて貰ふめエよ、是でもチヤンと片時離れず着いてやがつて、お前さん苦労でも、どうぞ東京《こつち》で車を挽《ひ》いててお呉
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